<久々の近況報告会>
かなと:次はひかるの番だね。
ひかる:えーっとね、一昨日ベルリン行ってきた。
いさお:そうやん。どうやった?
ひかる:めっちゃ楽しかったよ。ただ、住むならロンドンかな〜。晴れてるロンドンは生き天国だわ。
かなと:引っ越すの?
ひかる:卒業したらOlafur Eliassonのスタジオで働きたくて、何か手掛かりとかないかなって思って今回は行ったのね。だからもし彼のスタジオからオファーがもらえたら…引っ越すことになるかな。
かなと:へぇ、Olafurは人だよね?俺、そういうシーンとか知りたいんだけど。お、東京現代美術館で展示やってるじゃん。あ、これ2020年か。
ひかる:そうそう、僕が初めて彼の作品を見たのはその展示なんだけど、霧と照明使って室内で虹作ってたよ。元々は、いさおがベルリンにいた時に教えてくれたアーティストなんだけど…
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光があなたの目に入らないかぎり虹はどこにもない Source:
いさお:俺もネットで初めて見たとき感動したよ。こんなやついるんだって。なんかさ、気体と液体と…なんだっけ?その間の人間が感じる感覚を攻めたいみたいなこと言ってた。
ふみや:哲学やなぁ〜
かなと:で、ひかるはアートをやりたいんだ。
ひかる:や、それがさ…僕はロンドン来てからの一年、アートスクールに通って、毎週どっか美術館行って、なんならパリとかミラノも行ってアートに浸れる環境に恵まれたんだけど。結局アートの意味、特に最近のファインアートの意味がよくわからないんだよね。
かなと:俺もそういうシーンとか知りたいんだけど、まずファインアートってなんなの?
ひかる:えーとね、マジで話すと美術史の話になって、僕も正確にできないから、、、一旦ここでは写真が開発された後のアートってざっくり捉えてもらえたらいいかな。
ふみや:笑
ひかる:写真が出てきて、人類は写実的な絵を作る必要がなくなっちゃった訳じゃん?だから写真じゃ写せないものを描こうよみたいに、それまで技術中心だった芸術のゲームが写真の登場で変わっちゃったわけ。例えばモネとかの印象派と呼ばれる人たちはなんかボヤボヤしたエモい感じの絵を描くけど、それは実際には見えない雰囲気を視覚化するという試みなのね。みたいな説明がYoutubeに山ほど転がってる。
かなと:あーね、聞いたことある。
ひかる:5秒で要約するとこんな感じになるから、ファインアートは美術館でよく見る現代アートって一旦思っておいて笑
ふみや:一旦ね笑笑笑
ひかる:ほんと雑すぎた笑 んで、デュシャンの「泉」ってわかる?便器のやつ。「便器をアートとする」みたいな言い方するとただ奇を衒ってるだけに見えてしまうけど、そうじゃないじゃん?
『泉』(いずみ、Fontaine)または『噴水』は、1917年に制作されたレディメイドの芸術作品であり、磁器の男性用小便器を横に倒し、"R.Mutt"という署名をしたものに「Fountain(噴水/泉)」というタイトルを付けたものである。 Source:
かなと:うんうん。
ひかる:人間が時間をかけた手作業をアートとしていたシーンに既製品という概念のチャレンジしたり、便器というモチーフから「美」ってなんだろうみたいな疑問を投げかけたり、文脈があるじゃん。
かなと:うん。
ひかる:最近で言うと村上隆とかは、アニメみたいな絵を通して、「消費社会が〜」とか「戦後の日本は〜」みたいな話をしているのね。彼らは活動を通してアートワールドの文脈の開拓をしているから、新規性というか、活動としての価値とか納得を感じるのさ。僕はそういうのならウンチクレベルでもオーディエンスとして楽しめるのよ。
かなと:でもさ、アートってそのコンテクストとかストーリーを大事にする場合としない場合あるじゃん。
ふみや:いさおが違いますって顔してるぞ。
いさお:🥴
かなと:あいつ誰だっけ? 芸術は爆発だって言ったやつ。
ひかる:岡本太郎だ。
かなと:あいつがなんであんな絵描いてるか知らないけど、あのアウトプットにすげーインパクトがあるじゃん?よくわからないけど、何かを感じるってことがアートだっていう考え方もあるわけじゃん。
ひかる:あー確かに、それもあるかもね。なんか、人を突き動かしたり、内面から溢れ出てくるような魅力の話と、僕が言ってるアートの話は別物な気がしてきた…
まるで岡本太郎に文脈がないみたいな言い方をしてしまった。
かなと:というと?
ひかる:えっとね、多分日本にいると、あるいはアートワールドの外にいると、あまりにも偉大なアーティストの作品にしか出会えない問題…ある気がしてて
いさお:それはあるなぁ。
ひかる:あるよね。まだ十分じゃないと思うけど、トップアートスクールの卒業展示でも、有名なギャラリー行っても、ずるいなと思う作品が多い印象があって。
かなと:どゆことどゆこと?
ひかる:なんかさ、さっき言った奇抜な視覚表現に、「女性として生きる苦しさを〜」とか「マイノリティの辛さが〜」みたいな説明を小難しく付け加えたやつをよく見かけるんだよね。そういうの見ると、”アート”の憧れに、社会的メッセージを付与して正当化しているように見えてしまって。
かなと:はいはい。
ひかる:ロンドン来て、マジで偉大なアートも沢山あるんだけど、同時に視覚的な挑戦も、思考のフロンティアの開拓もしてなさそうなアートにも触れる機会が増えた。美大出身だったりすれば日本でも普通なのかもしれないけど僕はそうじゃないから新鮮だし、そういう作品があるのもまたいい事だと思ってる。
ゆかちー:私の中のアートのイメージってかなとくんの言ってるのと結構近くってさ、自分の中で考えたり、思い描いてることっていうのを、表現するコミュニケーションの一つだと思っているんだけど。
ひかる:そうそう、そういう作品がアートじゃ無いわけでは無いと思う。多分、僕が勝手にアートに「人間の知覚を押し広げる役割」を求めてるだけなんだけど。それもアートの一部分でしか無いと思う。
かなと:アートって言葉が広いのか。
ひかる:多分”スポーツ”くらい広いと思う。
かなと:広いな〜笑
ひかる:今ゆかちーがやってるハンドステッチングもアートになり、僕のDJもアートと呼べるとかもけど、それは個人的なアクティビティじゃん?それを誰かに見せる時に、立派な説明も並べてしまうと”アーティストコスプレ”っぽく見えてしまうんだよなぁ…ズルいってのはそういう事。
ふみや:言い訳みたいだよね。
かなと:めっちゃ理解できるわ。 受け手がいて成り立つ話だったりするよね。でも、みんながみんなそんな頭良くないやん。
ひかる:僕は「それを語りたいなら、表現の形はそれで正しいの?」って思っちゃうタイプなんだよね。とても広告っぽい考えだけど、アイディアとアウトプットの整合性がとれて初めて正しく受け手に作用すると思うんだよね。
かなと:で、ひかるはアートをやりたいんだ。
2回目
ひかる:うんとね、僕は文章以外の手段で伝えるスキルとノウハウを獲得したいと思ってるの。その観点でアートをもっと知りたいなって今は思っているから、Olafurみたいな「現代アーティスト」と呼ばれる人の下で一回働きたいんだよね。あくまでも僕のやりたいことは広告とかマーケティングとか、そっちに寄ってると思う。
かなと:今ひかるが説明してくれたのってアート作る上で当たり前のプロセスだと思ってるんだけど、そうじゃないの?その人の学びとか考えがあって、それを言葉以外でも表現するって話だと思うんだけど。
ひかる:僕もそうだと思ってるけど、違う気がするな。そもそも僕はアートを全然理解できてないと思うのね。その世界の文法とか、ロジックみたいな何かめちゃ大切なものを見逃してる気がする。僕がさっきdisったアーティスト達も賞をとってたり、Tateで展示されてて、すごい評価されてたしさ。僕は彼らをデザインの視点でジャッジしちゃってるのかも。
かなと:なるほどね。
ひかる:んでね、そういう観点でOlafurがやっていることはアートじゃない。これが僕の意見で、今日の本題なんだけど…
いさお:あ〜〜〜〜
完全に理解してくれたっぽい
(Part 2へ続く)
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1911-1996年、神奈川県出身。漫画家の父と歌人・小説家の母の長男として生まれる。1929年、東京美術学校に入学後半年で退学、父母の渡欧に同行して、1930年から10年間パリに滞在。数々の芸術運動に参加しつつ、パリ大学で哲学や民族学を学び、ジョルジュ・バタイユらと親交を深める。 Quote:
『自分の中に毒を持て』、初版刊行は1988年のようでした。もし僕がその時代に生きてたら、彼の言葉を正しく理解できていた自信はないです。同じように、この時の会話で僕がずるい奴呼ばわりしてたアーティスト達の価値観を僕が正しく受け取れていない説、だいぶあります。
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